高知地方裁判所 昭和57年(ワ)520号 判決 1985年1月23日
原告
伊藤誠
被告
永吉玉子
主文
一 被告は原告に対し、金八三万七、一七二円及び内金七一万七、一七二円に対する昭和五七年一二月三日から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は三分し、その一を原告、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は、原告が金二五万円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者が求めた裁判
一 原告
1 被告は原告に対し、金一二四万九、二〇六円及び内金一〇四万九、二〇六円に対する昭和五七年一二月三日から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言。
二 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1 交通事故の発生
(一) 日時 昭和五六年一〇月一六日午後五時一五分ごろ、
(二) 場所 高知県香美郡土佐山田町東本町五丁目二番二四号先の変形四差路の交差点(以下「本件交差点」という。)の道路上(以下「本件事故現場」という。)
(三) 態様 被告は、普通乗用自動車(高五五も九四八号)(以下「被告車」という。)を運転して右交差点を左折中、本件事故現場において、折から子供用の自転車(以下「原告車」という。)に乗つて東進中の原告に衝突して、原告を道路上に転倒させて傷害を負わせた(以下これを「本件事故」という。)。
2 被告の責任
被告は、過失によつて本件事故を発生させたものであるから、右事故によつて原告が被つた損害を賠償する責任がある。
即ち、原告は、本件交差点の西南側の自転車、歩行者道(以下「本件歩道」という。)上を原告車に乗つて東進し、同歩道の東端付近まで進んだところ、対面する信号機が青色の信号を表示していたので、そのまま同交差点の南側横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)に入つて直進し、同横断歩道の約三分の二位東側の本件事故現場付近にさしかかつた際、折から同所北方の車道を西進して来た被告車がいきなり左折して、同交差点の西南方に斜めに通じる道路に進入して来たため、被告車の前面を原告車の側面に衝突させたものである。
したがつて被告としては、自動車の運転者として、前方左右の信号や道路上の車両や歩行者の通行の状況等を十分注視して、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と左折して進行した点において過失がある。
3 原告の傷害
原告は、昭和四八年五月二六日生まれであるが、本件事故により左大腿骨々折の傷害を負つたため、次のとおり高知整形外科病院に入院及び通院をして治療を受けた。
(一) 昭和五六年一〇月一六日から同年一一月二六日までの四二日間入院して、両足にギブスをして、ベツトに寝たきりで注射と服薬による治療を受けた。
(二) 同年一一月二七日から同五七年一月一〇日までの間は、自宅で寝たきりで服薬して療養した。
(三) 同五七年一月一一日から同年二月二七日までの四八日間は再度入院して、当初は両足にギブスをして車椅子で行動し、後には左足だけにギブスをして松葉杖で歩行し、注射と服薬による治療を受けた。
(四) 同五七年三月ごろには週に一回位、同年四、五、七月には月に一回位の各割合で通院をして、治療を受けた。
(五) その間、同年三月中は松葉杖を使つて歩行し、往復は自動車で通学したが、同年四月からは跛行しながら歩行の練習をしたり、自宅で足に砂袋をつけて動かすなどして、筋力をつける訓練をした。
(六) 同年一一月現在でも、原告の左足は右足より約一センチメートル短く、稍跛行している感じがあり、走力も劣つているが、これが回復するにはなお相当の日数を要する見込みである。
4 原告が被つた損害 合計二一〇万九、二〇六円
(一) 治療費 二二万五、四六七円
(二) 入院中の付添看護費用 一七万八、〇〇〇円
原告の入院中の八九日間は、原告の母や祖母が付添看護をしたので、その費用として、一日二、〇〇〇円の割合による一七万八、〇〇〇円を要した。
(三) 入、通院中の諸雑費、交通費、医療関係費等 三五万五、七三九円
原告は、前記のとおり入、通院中に、原告と密接な関係にある家族の出費も含めて、交通費として一二万八、四五〇円、諸雑費として一六万九、〇五六円、医療関係費として二三万五、七〇〇円の合計五三万三、二〇六円を要したので、そのうち三五万五、七三九円を請求する。
(四) 慰謝料 一一五万円
原告の前記3のような入、通院及び自宅での療養の状況からして、原告が受けた肉体的、精神的苦痛に対する慰謝料としては、入院期間中の分として四五万円と、通院及び自宅療養期間中の分として七〇万円の合計一一五万円が相当である。
(五) 弁護士費用 二〇万円
原告は、本件訴訟の提起を原告代理人に委任して、着手金一〇万円を支払い、更に本件で勝訴した時は、報酬として一〇万円を支払う旨を約した。
5 損害の填補 八六万円
原告は、前記損害に対して、保険会社から、昭和五六年一一月三〇日に四〇万円、同五七年六月に四六万円の合計八六万円の損害の填補を受けた。
6 結論
よつて原告は被告に対し、原告が本件事故によつて被つた損害額合計二一〇万九、二〇六円から、損害の填補を受けた八六万円を差し引いた残額一二四万九、二〇六円及びそのうち右弁護士費用相当分を控除した一〇四万九、二〇六円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五七年一二月三日、から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告の答弁
1 原告の請求原因1の(一)(二)(三)は認め、同2は否認する。
2 同3の(一)ないし(六)中、原告が昭和四八年五月二六日生まれであること及び原告が本件事故により入院及び通院して治療を受けたことは認めるが、その余は不知、
3 同4の(一)ないし(五)は不知、
4 同5中、原告が保険会社から損害の填補を受けたことは認める、金額は争う。
5 本件事故は、停止している被告車に原告車が接触したものであるから、被告に過失はない。
即ち、被告は、被告車を運転して、本件交差点の北側車道上を西進し、赤色信号に従つて同交差点の手前で一時停止した後、信号が青色に変つたので発進して、同交差点を左折して西南方の道路に進入するため、本件横断歩道の手前まで進行した際、折から原告が本件歩道の東端付近に原告車に乗つたまま停止しているのを発見した。
しかし原告は、同横断歩道を渡る気配がないため、被告は被告車を微速で進行させ、左折して同横断歩道の中ごろ付近にさしかかつた際、被告車の右バツクミラーの前方に突然原告の上半身が写つたので、被告は直ちに急制動の措置をとつて被告車を停止させたところ、原告は、原告車を操縦して被告車の前方を右から左に横切り、停止している被告車の左側角付近に原告車を接触させて、転倒したものである。
三 被告の抗弁
仮に、被告に被告車の運転につき過失があつたとしても、原告にも過失があつたから、過失相殺を主張する。
四 被告の抗弁に対する原告の答弁
被告の右抗弁を否認する。
第三証拠〔略〕
理由
一 交通事故の発生
本件事故発生の日時、場所及び態様に関する原告の請求原因1の(一)(二)(三)の事実は、当事者間に争いがない。
二 被告の責任
本件事故が被告の過失によつて発生したものであるか否かについて検討するに、原本の存在及び成立につき争いのない甲五号証、成立に争いのない同六ないし一五号証、同一五ないし一九号証、証人新土居和行の証言、原告法定代理人伊藤瑞恵(一回)及び被告(一、三回、但し後記採用しない部分を除く。)の各本人尋問の結果によれば、次の各事実が認められる。
1 被告は、被告車を運転して、本件交差点の北側車道上を西進し、赤色信号に従つて同交差点の手前で一時停止した後、信号が青色に変つたので発進して、約一〇キロメートル毎時の速度で東方から同交差点を左折しはじめ、西南方の道路に進入しようとした。
2 他方原告は、その間原告車を操縦して、友人らとともに遊びに行くため少し急いで、本件歩道上を、約一〇キロメートル毎時の速度で東進し、同歩道の東端付近まで進んだところ、対面する信号機が青色の信号を表示していたので、そのまま停止せずに本件横断歩道に進入して直進した。
3 このため被告は、本件歩道の東端付近を東進して、本件横断歩道に入ろうとしている原告車を、約六・四メートル余り右前方に初めて発見し、危険を感じて急制動の措置をとつたが間に合わず、同横断歩道の中央から東寄り付近の道路上で、原告車の左側面とこれに乗つていた原告の大腿部付近に、被告車の左前部付近を衝突させて、原告車をその場に右横倒しに横倒させたうえ、被告車は少し前進して停止し、本件事故を発生させるに至つた。
4 そして右のような本件事故発生時の状況からすれば、被告としては、本件交差点を東方から西南方に向つて左折して横断歩道上を通過しようとしたものであり、かつ同横断歩道の西方には本件歩道が通じていて、自転車等の通行も予想できたのであるから、左折の際には、自己の進路前方ばかりでなく、本件歩道上の自転車による通行人の有無等の交通の安全をも十分確認して、進行するとともに、ブレーキ操作を確実にして、衝突等による事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、自己の進路前方の安全の確認のみに気を取られて、本件歩道上を東進して本件横断歩道に進入して来る自転車による通行人の有無等の交通の安全を十分確認せずに漫然と進行したため、原告車の発見が遅れたうえ、当時被告はかかとの高いつつかけを履いていてブレーキから足をはずしていたので、原告車を発見した際にも、驚いて直ちに急制動の措置をとるのが遅れたものであり、結局被告の右の過失によつて本件事故が発生したものである。
以上の各事実が認められ、被告本人尋問の結果(一、二、三回)中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照して採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
したがつて結局被告は、前記の過失によつて本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により、原告が右事故によつて被つた損害を賠償する責任があるものと認定するのが相当である。
三 原告の傷害
原告が本件事故によつて入院及び通院をして治療を受けたことは、当事者間に争いがない。
そして成立に争いのない甲一四号証の一、二、同二〇、二一号証及び原告法定代理人伊藤瑞恵本人尋問の結果(一回)によれば、原告は、本件事故により左大腿骨々折の傷害を負い、次のとおり高知整形外科病院に入院及び通院をして治療を受けたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
1 昭和五六年一〇月一六日から同年一一月二六日までの四二日間は入院して、牽引と両足のギブスによる固定等の治療を受けた。
2 同年一一月二七日から同五七年一月一〇日までの間は、自宅でギブスをつけたまま服薬等による療養をした。
3 同五七年一月一一日から同年二月二七日までの四八日間は再度入院して、ギブスの除去、機能回復訓練及び松葉杖による歩行練習等を行つた。
4 同年二月二八日から同年三月三一日までの間には四日間及び同年四、五、七月には各一日宛の合計七日間通院して治療を受けた。
5 その間、同年三月中は松葉杖を使つて歩行し、往復は自動車で通学したが、同年四、五月には、歩行の訓練や左足の足首に砂袋をつけて動かして筋力をつける訓練等をした。
6 その結果同年八月ごろには、本件事故による傷害の部位の機能も略正常に回復した。しかしレントゲン検査の結果では、左足の方が右足より約一センチメートル短かく、これが元通りに戻るにはかなりの期間を要する見込みであるが、後遺傷害は生じなかつた。
四 原告が被つた損害 合計一五八万五、〇七八円
1 治療費 一九万六、四六〇円
原告が、本件事故により高知整形外科病院に入院及び通院をして治療を受けたことは、前認定のとおりである。
また成立に争いのない甲二号証の二、六ないし九、一一、一三ないし一六及び同二二号証、原告法定代理人伊藤瑞恵本人尋問の結果(一回)により真正に成立したものと認められる同三号証の三及び同四、二八号証、被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙一、二号証並びに右伊藤瑞恵(一、二回)及び被告(一回)の各本人尋問の結果によれば、原告は、右高知整形外科病院に対して、入院料及び外来治療費として合計一九万五、六七五円を支払つた外、高知厚生病院に対して、診察代及びレントゲン代として七八五円を支払い、合計一九万六、四六〇円の治療費を要したことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 入院中の付添看護費用 一七万八、〇〇〇円
原告が昭和四八年五月二六日生まれであることは当事者間に争いがないから、本件事故当時は満八歳であつたうえ、前掲甲二一号証によれば、原告の入院中は、その傷害の部位及び程度等からして、付添看護を要したものと認められる。
そして成立に争いのない甲二七号証、原告法定代理人伊藤瑞恵本人尋問の結果(二回)により真正に成立したものと認められる同二六号証及び右伊藤瑞恵本人尋問の結果(一、二回)によれば、原告が前記三の1及び3のとおり入院治療を受けたうち、原告主張の合計八九日間については、原告の母や祖母が付添看護をしたことが認められるので、経験則上その費用として、一日二、〇〇〇円の割合による一七万八、〇〇〇円を要したものと認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 入、通院中の諸雑費、交通費等 二一万〇、六一八円
前掲甲二号証の一六及び同四、二八号証、成立に争いのない同二号証の一、三、四、五、一〇、一二及び同二四、二五号証、原告法定代理人伊藤瑞恵本人尋問の結果(一回)により真正に成立したものと認められる同三号証の一、二、四ないし七及び同二三号証並びに右伊藤瑞恵本人尋問の結果(一、二回)によれば、次の各事実が認められる。
(一) 原告は、本件事故による入院及び通院治療中に、次の合計一一万五、七四〇円の諸雑費を要した。
(1) 入院中のテレビ受像機の借り賃として 二万六、五〇〇円
(2) 入院中の付添人用の寝具代及びテレビ用の電気代として 一万二、四四〇円
(3) 松葉杖代として 三、八〇〇円
(4) 診断書代五通分として 二万三、〇〇〇円
(5) 自動車損害賠償責任保険の請求手続の代行を依頼した費用として 五万円
(二) また原告は、本件事故により二回入院して治療を受けた期間中に、寝間着、肌着、鍋、タオルケツト、靴下、バスタオル、下着、肌ぶとん、セーター、靴、トレーニングウエア、シヤツ等の衣類及びテレビ台、電気コード等を買い入れて、合計三万九、一五六円を支出した。
しかし右の衣類等については、原告の退院後もその価値が残存するから、経験則上、右費用のうちの二分の一である一万九、五七八円についてのみ本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
なお原告は、右入院期間中に、朝食、ジユース、果物、ラメーン等の食費として合計五万一、六〇〇円を支出したことが認められるけれども、原告が病院から支給される食費以外に右の食費を支出する必要があつたものと認めるに足りる証拠が十分でないから、右食費を、原告が本件事故によつて被つた相当因果関係のある損害と認定することはできない。
(三) 更に原告は、本件事故により入院及び通院治療を受けた際、次の(1)ないし(4)の合計七万五、三〇〇円の交通費を支出した。
(1) 原告の二回にわたる入院中に付き添つていた原告の母と祖母が付添いを交替したり、原告の着替えの衣類等を取りに帰つたりするため、原告の自宅と高知整形外科病院との間をバスと電車で乗り継いで往復するのに要した交通費として、一回分一、三六〇円の二六回分合計三万五、三六〇円、
(2) 原告が最初の入院中の昭和五六年一一月一三日に、肌ぶとんを取りに帰つた時と、原告の最初の退院の時、また原告が自宅で療養中に、ギブスをつけたまま三回病院に診察を受けに行つた時の往復三回分及び原告の再入院時と再退院時にそれぞれ使用したタクシー代合計二万七、〇二〇円、
(3) 昭和五七年三、四、五、七月に、原告の母が付き添つて原告が通院して診察と治療を受けた際に、原告の自宅と病院との間をバスと電車で乗り継いで往復するのに要した交通費として、二人で一回分二、〇四〇円の五回分合計一万〇二〇〇円、
(4) 更に原告は、昭和五六年一〇月二〇日に原告の着替えを取りに行くのに使つたタクシー代二、八九〇円と、同年一一月一五日に原告の祖母が付添いを交替する際に使つたタクシー代二、六六〇円を支出しているが、この二回分については、タクシー代を使用する必要性があつたものと認めるに足りる証拠がないので、前記(1)の場合と同様、バスと電車の乗り継ぎによる一回分一、三六〇円の二回分合計二、七二〇円の限度においてのみ本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
(5) なお原告は、その外に、原告の父が原告を見舞に病院に来た際のバスと電車の乗り継ぎによる交通費として、一回分一、三六〇円の三八回分合計五万一、六八〇円を支出したことが認められるけれども、右の交通費については、原告が本件事故によつて被つた相当因果関係のある損害と認めるに足りる証拠が十分でないので、これを原告の損害と認定することはできない。
(四) したがつて結局本件事故による入、通院中の諸雑費及び交通費としては、以上の(一)(二)(三)の合計二一万〇、六一八円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認定するのが相当であり、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
4 慰謝料
原告が、本件事故に基づく傷害のため、前記三の1ないし5のとおりの経過により、前後二回にわたり合計九〇日間入院し、その中間では四五日間寝たきりで自宅療養をし、更に再度の退院後三二日間通院(但し、その間の実治療日数は四日)して治療を受けたことは、前認定のとおりである。
したがつて前認定のような本件事故の態様、原告が受けた傷害の部位、程度、治療経過その他諸般の事情を併せ考えると、原告が本件事故によつて被つた肉体的、精神的苦痛を慰謝するには、一〇〇万円が相当と認定され、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
5 損害の合計額
以上の1ないし4のとおり、原告は、本件事故と相当因果関係のある損害として合計一五八万五、〇七八円の損害を被つたものと認定される。
五 過失相殺
被告は、本件事故は少くとも原告の過失も競合して発生したものである旨主張するので検討する。
1 前記二に認定した本件事故の態様及び右事故の発生時における原告と被告の各行動等からすれば、原告は、原告車を操縦して、本件歩道の東端付近まで進んだ際、対面する信号機が青色の信号を表示していたので、そのまま停止せずに本件横断歩道に進入して直進したところ、折から左折して来た被告車の左前部付近に原告車の左側面付近が衝突して、本件事故が発生したことが明らかである。
2 しかし右事故の場合には、道路交通法三八条の規定からも明らかなとおり、青色信号に従つて左方から横断歩道に進入して直進しようとする原告車の方に優先的な通行権が認められるから、前記二の4に認定したとおり、むしろ被告の方が、早く原告車を発見して、横断歩道の手前で一時停止するなどして、青色信号に従つて横断歩道に進入して来る原告車の進路を妨害しないようにして、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があり、被告がこれを怠つた過失によつて本件事故が発生したものと解される。
3 したがつてたとえ原告が、右事故の発生直前に、友人らと遊びに行くため少し急いでいて、自転車の通常の速度よりも速い約一〇キロメートル毎時の速度で進行しており、かつ左折して本件横断歩道内に進入しようとしている被告車の動きに対する十分な注視を欠いていたとしても、これをもつて原告にも過失があつたものとして、本件事故による損害額を定めるに当つて斟酌するのは相当でないものと認められるから、結局被告の過失相殺の主張は理由がない。
六 損害の填補
原告が本件事故によつて被つた損害につき、保険会社から損害の一部の填補を受けたことは、当事者間に争いがなく、日新火災海上保険株式会社に対する調査嘱託の結果及び原告法定代理人伊藤瑞恵本人尋問の結果(二回)によれば、自動車損害賠償責任保険の保険金から原告に支払われた金額は、八六万七、九〇六円であることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はないから、これを前記三の5で認定した原告の損害合計額一五八万五、〇七八円から差し引くと、結局原告が本件事故によつて被つた損害のうち被告が負担すべき金額は、七一万七、一七二円となる。
七 弁護士費用
原告法定代理人伊藤瑞恵本人尋問の結果(一回)によれば、原告の法定代理人親権者である父伊藤廣及び同母伊藤瑞恵は、本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任して、着手金として一〇万円を支払い、更に本件で勝訴したときは、別に報酬を支払う旨を約したことが認められる。
そして本件訴訟の経過、請求認容額及び当裁判所に顕著な弁護士会報酬等基準規定等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として原告から被告に対して負担を求め得る弁護士費用相当分は、一二万円と認定するのが相当である。
八 結論
以上の理由により、原告の本訴請求は、被告に対し、本件事故による前記六の損害金七一万七、一七二円と同七の弁護士費用相当分一二万円との合計八三万七、一七二円及びそのうち右弁護士費用相当分を除く七一万七、一七二円に対する本件事故による損害が発生した後である本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五七年一二月三日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、被告に対するその余の請求部分は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 富永辰夫)